「ねえ先輩、」
「なに?天地くん」
「僕のこと、名前で呼んでよ」

デートからの帰り道。いつものように先輩を家まで送り届ける途中、僕はそう言った。

「えっ?…どうしたの突然」
「名字ってさ、なんか距離感じるんだよね」

今突然思いついたことじゃない。前々から思ってたこと。ただ、なかなか言うタイミングが見つけられなかっただけで。
先輩より一歩前にでて後ろ向きに歩きながら顔を見ると、先輩は少し困ったような、戸惑っているような、そんな顔をしていた。

「ねー、呼んでみて」

そう甘えたように催促してみると、先輩はますます困ったような顔を見せた。(正直これはこれで可愛い、けど)
しばらく見つめていると、先輩は、ふう、と小さくため息をもらした。仕方がないなあとでも言いたそうだ。

「しょ…翔太、くん?」
「聞こえなーい」
「もうっ!」

本当はばっちり聞こえていたけど少しだけからかってみたら、先輩は夕焼けみたいに赤くなって怒ってみせた。

「もういっかーい!」
「うう…天地くんのいじわる…」

先輩はそう言って拗ねたようにうつむいた。
好きな子はいじめたくなるタチだからいじわると言われても仕方ないなーと思いながら、僕は先輩より少し先を歩いた。

「…翔太くん、」

僕が前を向いたせいで顔が見えなくなってから、先輩はさっきより少しだけ大きな声でそう呼んでくれた。

「なーに、先輩?」

振り返ると、僕は自分で思ったより嬉しさが顔に出ていたらしく、おかしくて笑っていると勘違いしたらしい先輩は笑うなんてひどいと僕を少しだけ睨んできた。

「アハハ、怒らないで先輩!嬉しすぎただけだから」

また隣に並んで歩く。
少し歩いて、今度は先輩が口を開いた。

「天…じゃなくて、翔太くんも、名前呼んで?」

いつまでも“先輩”じゃ、正直寂しい。私だって距離があるみたいに感じるから。
と、先輩は少し恥ずかしそうに言った。

「え…えーと…」

もとはといえば自分から言い出したことなのに、いざ自分がそう言われてみると妙に恥ずかしい。
先輩は僕みたいに口でせかしたりはせず、ただ立ち止まって僕を見上げた。(その視線がせかしているように感じたけど)

「…?」

なんだか気恥ずかしくてまともに顔が見れない。ちら、と先輩を見ると先輩はクスクス笑いながら僕を見ていた。

「なんだか、くすぐったいね」

そう言われて、ああでもこういう気持ちも嫌いじゃないと思いながら、僕も笑ってそうだねと返した。




目の前に広がる夕焼けがやけにまぶしく見えた。












なまえ、呼んで

(呼ばれただけで、僕はもう幸せで仕方がないよ!)