いつものように扉を叩く。
聞きなれた「どうぞ」という声。



「失礼します。理事、書類もって来ました。」

「サンキュ、せんせ。そこ置いといて。」



指されたのは机の上。まだ見ていないであろう書類がいくつも積んである。葵理事は来客用のソファーに座って煙草を吸っていた。



「…理事、まだ書類残ってますけど。」

「あとでまとめて片付けますよ。」



何を言っても無駄そうだ。そう思った私はせめて机の上を片付けようと葵理事に背を向けた。意外と多い。少し呆れてため息をついた。



「なーにため息ついてんだよ?」

「まさかここまでため込んでいると思わなくて」



振り向かずにそう答える。小さくソファーの軋む音がした。



「こっち見て答えてくれてもいいだろ。」



うしろから包み込むように抱きしめられる。さっきまで吸っていた煙草の匂いがする。いつもの、葵理事の香りだ。



「でも、早く片付けないと困るじゃないですか?」

「はいはい、片付けますよ。だから、こっち向けって。」



そう言って、腕の力が緩む。私は渋々抱きしめられたまま振り向いた。すぐ目の前に葵理事の真剣な顔があった。まさかそんな顔をしているとは思わなくて、思わずうつむく。



「お前さ、」



抱きしめる力が強くなった気がした。



「そろそろ俺だけのものになれよ」

「な…っ」



かあっと頬が熱くなるのがわかった。



「変なこと言わないで下さいっ」



思い切り突き飛ばす。意外にもすんなりと離れていくあたたかさ。



「失礼します…!」



扉を開けて、逃げるように走り出す。頬が熱い。鼓動がやけにうるさい。


どうしてなのかなんて、本当は気づいている。
気づいていないふりをしているだけ。

でも、まだ言ってあげるつもりはない。
もう少し、あと少しだけ、この距離で居たいから。







鬼 さ ん こ ち ら
 
手 の 鳴 る ほ う へ

(わたしはもうとっくにあなたの腕の中)