そう、多分、風邪。







風邪ひきの君に口付けを







今日は朝から体調が悪い。
体の節々は痛いし、廊下を歩く足も重い。心なしか、頭も痛くなってきた気がする。



「…せい、先生?」



気づけば、後ろに桔梗先生。



「教室、過ぎてますよ」

「え?」



そう言われて、はっとクラス表示を見上げる。目に入ったのは隣のクラス。
私は自分のクラスと隣のクラスの間に立っていた。



「あっ、ごめんなさい…」

「いえ。それより…大丈夫ですか?」



桔梗先生はそう言って私の顔をのぞき込む。



「顔、赤いですね…」



そう言われたかと思うと、ひやっとした心地の良い手が額に触れた。



「熱がありますね」



桔梗先生はそう言うと、少し呆れたようにため息をついた。



「…すみません…」



そう謝る私に、桔梗先生は苦笑して。けれど優しく声をかけてくれた。



「体調が優れないならしっかり休養をとってください?とりあえずは保健室に…」

「…どうかしたんですか?」



教室のドアが開いて、中から生徒が一人。



「綾芽。」



桔梗先生は少し驚いたようにそう言った。



先生の具合がよろしくないようで…。綾芽、保健室までついていってあげて下さい」

「えっ!?桔梗先生、私は別に…っ!」



大丈夫、と言おうとしてふらついてしまった。



「…っと。」



ふらついた体を綾芽くんに抱きとめられる。



「よろしくお願いしますね、綾芽」

「ああ。」



綾芽くんは私の体を支えながらそう答えて。
桔梗先生はそれを見届けると、教室へと入っていった。



















「あ、綾芽くんっ?」

「なんだよ」

「いや、その…」



保健室に向かう廊下。しんとした空間に響くのは、綾芽くんの足音だけ。



「おろしてもらっても大丈夫なんだけど…」



私は、綾芽くんに抱き上げられていた。


…いわゆる“お姫様抱っこ”という格好で。



「なんだ、照れてるのか?」

「ちが…っ。…そういうわけじゃないけど」



見つめられてからかわれてしまえば、言い返せなくなる。



「だったらおとなしくしとけよ。風邪、酷くなるぞ」



綾芽くんはそう言って平気な顔で廊下を歩く。
結局私は反論もできず、おとなしく綾芽くんに保健室まで連れていってもらった。



















保健室の扉は開いていて、綾芽くんは中に入るとベッドにそっとおろしてくれた。



「ありがとう、綾芽くん」



とりあえず布団をかぶって。私はそう言った。



「ああ」



ベッドを隠すようにつけられているカーテンを引く音がして。辺り一面白に包まれた。



、」



呼ばれて、綾芽くんを見る。






















ちゅ、とくちびるに綾芽くんのくちびるが触れた。



「これでチャラにしといてやるよ。」



突然のことになにも言えない私に、綾芽くんはそう言って不敵に笑う。



「じゃあ、戻るから。おとなしく寝てろよ、先生。」



そう言って綾芽くんはやっぱり笑って。その場を後にした。


私はしばらく綾芽くんのいたずらな笑顔が忘れられずに。それでも、綾芽くんの優しさが嬉しかったりして。







少しだけ、風邪に感謝したのだった。