「、」 「あれ、不二君。今日部活は?」 ある雨降りの放課後。うしろから水の跳ねる音と、靴音と、聞き慣れた私を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこにはやっぱり彼が居た。普段は彼も私も部活をしていて一緒に帰るのだけれど、今日は共働きの私の親がどちらも遅くなるらしく、早めに帰って夕飯の支度をしないといけなくて、先に帰ることになっていた。教室で不二君にそれを告げると、それなら仕方がないね、と苦笑しながら、気をつけて帰るんだよ、と言ってくれて。さっき教室で部活頑張れって言ってわかれてきたのだけれど。 「今日休みって手塚がね。だから追いかけてきたんだ」 まだ途中で会えるかなと思って、と付け加えて、彼はいつものように綺麗に笑った。それが素直に嬉しくて、ちょっとくすぐったくて、私も微笑んだ。 「でもちょっと急ぎすぎだよ?ほら、濡れてるし…風邪ひいちゃう」 ポケットからハンカチを出して、雨に濡れた腕を拭こうと少し近寄る。と、ふわ、と甘い香りが漂ってきた。 「不二君、飴食べてる?」 「ん?ああ、うん。手塚からの連絡待ってるときに英二がくれたんだ。」 「そっか。」 菊丸君が不二君にお菓子を上げる姿はなんとなく想像がつく。英二にもらったんだ、という言葉からなんとなく想像してしまって、可愛らしいなあと思ってついつい笑ってしまった。 「何笑ってるの?」 「え?菊丸君ってお菓子似合うなーと思って。」 はい、おしまい、とハンカチをしまう。 「にもわけてあげようか?」 「飴?」 うん、お礼に。彼はそう言って綺麗に笑う。 「んー、じゃあもらおうかな。」 そう思って、片手を彼に差し出す。と、その手をぐい、と引かれた。持っていた傘がぱさ、と小さく音を立てて手から滑り落ちる。くちびるに、あたたかな感触。それと同時に口の中にいちごミルクの甘い香りが広がった。 「ちょ…っ!不二君っ」 「ふふ、、真っ赤。」 いたずらっぽく笑いながら、彼は私の落とした傘を拾ってくれた。私は彼の傘の中だから濡れることはなく、彼は拾った傘をそのまま閉じた。 「…不二君のばか」 小さく呟く。彼は聞こえているのかいないのか、静かに笑っているだけ。私の口の中ではいちごミルクの甘い飴がとろけていた。 (甘い甘い放課後に、甘い甘いキスを) |