玄関のすみに
少し大きめの傘が置いてありました。




君と僕と傘と雨の日と




「あ、雨…」



僕の部屋に、君と二人。ちら、と窓の外を見たは、ぽつ、と雨粒のようにそう呟いた。



「本当だ。そういえば今日の朝天気予報で降るって言っていたっけ」

「そういえばそうだったけ…」



君は窓の外の雨を眺めていて。僕はそんな君を隣で眺めていて。



「ねぇ、不二君、」



の視線が雨から僕へと移った。



「うん?」

「…外に出かけない?」

「クス、また?は本当に雨の日が好きだね」



僕はそう言って、に笑いかけた。



「だめ?」

「だめ、って言うと思う?」



そう言うとは嬉しそうに微笑んだ。










いつものように、僕達は‘雨の日デート’にでかけた。
いつものように、僕のさす傘の中で君が笑っている。
雨の日のは、いつも嬉しそうだった。
いつも嬉しそうだったのは、きっと雨の日がいちばん僕達が近づける日だったからだろう。
は晴れた日は手もつなげないような照れ屋だったから。
君から近づいてくれるときは雨の日だけ。
だから、いつのまにか僕も雨の日が好きになっていた。



、濡れちゃうよ?もっとこっちにおいでよ」
「うん、でも、大丈夫。不二くんこそ濡れちゃうよ?」



そんなことを言いながら、どこに行くわけでもなく。
それでもあたたかな優しい時間が流れていくのだった。
















その日も、の好きな雨だった。
放課後、急に降り出した雨。
ちらほらと傘をさしている生徒もいたが、ほとんどの生徒は傘を持っていなかったらしく、
雨の中をバシャバシャと帰っていくのだった。
いつもなら一緒に帰るはずのは、何か用事があったらしく、先に帰った。
たまたま持ってきていた傘の中が、やけに広く感じた。






家に帰る途中に、交差点がある。今日はいつもより車通りが多い気がした。
僕が居た道の向こう側にが居た。僕にむかって小さく手を振っていた。
傘を持っていなかったらしく、頭からびしょびしょに濡れていた。
それでも、彼女はその時まで、笑っていた。
は、道を渡ろうと思ったのか、左右を確認した。渡ろうと前に進み出した。


























――僕の耳に聞こえてきたのは、傘にあたる雨音だけだった。



























突然、だった。あまりに突然すぎた。







―――の、死。


あの時…
が道を渡ろうとしたとき、いきなり車が来た。彼女は、その車にはねられたのだ。
僕の、目の前で。
彼女がはねられたとき、雨音しか聞こえなくなった。目の前の風景は動いているのに。





僕は、何もできなかった。
君のために、涙を流すことさえ、できなかったんだ。
あの時の雨は、僕の涙の代わりだったのかもしれない。





僕の手元に残ったのは、少し大きな、傘。
僕との思い出がたくさん詰まった傘。








この傘はふたりの思い出とともにそっと…