葉月くんに電話をしたら、出たのは女の人。
マネージャーさんっぽかったけど、すごく感じ悪く電話は切られてしまった。
むかっとしたけど、それ以上に葉月くんの声が聞けなかったことが悲しくて寂しかった。




きみ の こえ




 あと1時間もすれば日付を跨ぐような時間に、携帯電話が鳴った。こんな時間に珍しいなぁと思いながらディスプレイを確認すると、表示されていたのは葉月くんの名前。すぐに通話ボタンを押した。


「葉月くん?」

『遅くにごめん…寝てたか?』

「ううん、大丈夫」

『そうか…よかった』


 ほっとしたような葉月くんの声が受話器の向こうから聴こえた。

 こんな時間に電話なんて珍しいけれど、葉月くんからだなんて正直もっと珍しい。私何かしたかなぁとか考えながら、葉月くんの次の言葉を待った。


『電話…したか?』

「え?…うん、したけど……」


 マネージャーさんに冷たく対応されて切られたことを思い出して少しだけ気分が沈んだ。それと共に言葉の語尾も沈む。沈んだ語尾のかわりに出かけたため息を押し殺して、ベッドに腰掛けた。


『ごめんな、俺…出られなくて』

「ううん、お仕事中なのに電話した私が悪いんだし、気にしないで」


 そう言って、ふと気づいた。誰かが電話に出たら、いちいち履歴を見ないとかかってきたことなんてわからないはず。


「かけたの、気づいてくれたの?」

『ああ…寝ようと思ってなんとなく携帯見てたらきてたから…俺、出てないはずなのにと思って…』


 眠いのか、いつもよりどことなくゆっくりで、途切れ途切れな声が流れてくる。


『何か用だったか?』

「ううん、たいした用じゃないから明日学校で会ったときでもいいよ。それに…葉月くん、眠そうだし」

『…え?ああ…ごめん』

 多分、寝転がりながら電話しているんだと思う。何度か、寝返りらしき音がした。私もそろそろ寝ようと、受話器を耳に当てたまま電気を消して布団に潜り込んだ。


『…お前も、そろそろ寝るか?』

「うん、そうしようかなって。…葉月くんの声聴いてたら、私も眠くなってきちゃった」


 布団の擦れる音でも聞こえたのかなぁ、と少し恥ずかしく思いながら、ちょっと笑って言葉を返す。

 葉月くんの声を聴いたら、さっきまでのイライラもどこかに行ってしまって、なんとなく安心した。このまま夢の世界に入り込めば、きっと幸せなはずだ。…むしろ、今この時間が夢なんじゃないかと思うくらい、嬉しいのだけれど。


「電話してくれてありがとね」

『それは俺のセリフだろ…』


 いいの、私もお礼言いたかったんだから、と付け加えると、いつものようにそうか、と短く返事が返ってきた。

 本当に、お礼を言うのは私の方だ。イライラも、不安も悲しさも寂しさも、全部全部どっかへ持っていってくれたんだから。


「じゃあそろそろ…おやすみ、葉月くん」

『おやすみ、









『…寝る前に、お前の声聴けるのって、いい、な…』


 ぽつんと聞こえてきた言葉に驚いて聞き返したけれど、聞こえてきたのは心地良さそうな寝息だけだった。