「…ねー、」 「なぁに?菊ちゃん」 「キスしたい」 そんなくちびるじゃイヤ! 「はぁっ!?」 すこし寒い秋の日差し。色とりどりの葉が、その光の中輝く、そんな日。 菊丸の家に遊びに来ていたは、菊丸の突然の発言に、自分でもわけのわからない返事を返した。 「だからさー…―――」 「聞こえてる。ちゃんと聞こえてるから言わなくていいっ!!」 幼馴染で、恋人。 そんな、よくマンガでありそうな関係。 昔からの付き合いだから多少の発言には驚かないも、さすがに先程の発言には驚いて、菊丸の言葉を遮った。 「なんでいきなりそんなことっっ」 「前から思ってたんだよ」 「そうじゃなくて!なんで今いきなりそんなこと言うのっ」 「…なんとなく?」 「なに、その疑問符っっ!不二くんになにか言われたりとかしたの!?」 付き合い始めて早三ヶ月。 知り合ってからはもうずいぶんと時間がたった。 そろそろ、そのくらいいいかもしれない。 けれど、あまりにも突然すぎる。 「…いいでしょ?」 突然真面目な顔をして近づいてくる菊丸。 「ちょっ…菊ちゃんっっ」 そんな菊丸に、はばくばくしながら抵抗した。 別に嫌というわけではない。 けれど、これがファーストキスになるのだ。 一度だけの、最初のキス。大切にしたい。 でも、菊丸も本気で嫌がっているわけではないとわかっているらしく、少し強引に迫ってくる。 「…仕方ないなぁ、もうっっ」 はそう言うと耳まで真っ赤になりながら菊丸を見つめた。目と目が合う。 菊丸の真剣な瞳に、どきどきと鼓動が速度を上げる。 は、そっと目を閉じた。 ゆっくりと、くちびるが近づく。 もう、あと少し…というところで、は気になってしまって薄く目を開けた。 無意識にくちびるに目が行く。そこであることに気がついた。 「やっぱりダメ!!」 は菊丸の顔を両手で挟んだ。ぱちん、と音が響く。 「なんで?」 「菊ちゃん…くちびる荒れてる。」 は、そっと菊丸のくちびるを指でなぞった。 「ほら、がさがさしてるじゃん。こんなくちびるじゃ、嫌。」 「ちぇーっ」 「もー、拗ねないっ!」 菊丸は熊の大五郎を抱きしめて、むーっと拗ねている。 拒否はしたけれど、はなんだか菊丸がかわいそうになってきた。 それに、だってしたくないわけではない。 でも、初めてのキスが、あんなくちびるでは嫌だ。もっといい思い出として心に残したい。 は立ち上がると、菊丸の部屋の入り口の近くに置いていたかばんをごそごそと探った。 「菊ちゃん、」 「ん?」 「いーものあげる。」 「なに?」 の言葉に、菊丸はまるでじゃれつく仔猫のようにぴょこぴょこと寄ってくる。 「はい、私のリップクリーム。」 は、自分の使いかけのリップクリームを菊丸に差し出した。 菊丸は、きょとんとしての手の上のリップクリームを見つめた。 「これでがさがさくちびる早く治して?」 「…いいの??」 「うん、あげる。これで早く治してね。」 はそう言うと、菊丸にリップクリームを手渡した。 レモンライムの香りつきの、リップクリームだった。 「ー、」 「ん?」 菊丸はさっきの強引なのとは違って、仔猫のようにに甘える。 「これで治ったらさっ!キスしてもいい?」 少し嬉しそうに、菊丸はにそう尋ねる。 は少し赤くなって、でも、菊丸に向かって笑いかけた。 「うん、治ったら、ね?」 「やたー♪」 菊丸は手にリップクリームを握ったまま、がばっとに抱きついた。 「あれ、英二、それリップクリームだよね」 「んー」 リップクリームを塗っている菊丸に、不二はそう声をかける。 菊丸は塗りながらそう答えた。 「クス、それさんの?」 「んー。うん、もらった。」 リップクリームをくちびるに何往復か滑らせたあと、菊丸はそれをポケットにしまった。 「…って、なんでのってわかったの?」 「だって、すごく大切そうにしてるし。」 不二はくすくすと笑いながらそう答える。 「それより、さんともうキスはした?」 「それがさー――……」 菊丸は、机の上に上半身を横たわらせながら不二を見る。 不二は菊丸の近くの空いている席に腰を下ろした。 菊丸は、不二が座ってから、先日のことを話した。 「―――ってわけでコレもらったんだけど…治んないんだよにゃー……」 「そっか。でも、英二の家、お姉さんも居るんだし、聞いてみたらいいんじゃない?早く治す方法とか。 そういうのって、やっぱり女の子の方が詳しいと思うし。」 「でも、絶っっっ対何か言われる。」 「クスクス。じゃあ、僕が姉さんに聞いておいてあげるよ。」 「マジでっ!?」 不二の言葉に、菊丸は嬉しそうにがばっと起き上がった。 「うん。」 「不二〜っ ありがとにゃ〜っっ」 まぁ、僕も関わってないわけではないし…と、不二は喜ぶ菊丸を見ながら思った。 菊丸が突然にキスを求めたのも、の読みどおり、不二が原因だった。 ある日の部活終了後、制服に着替えながら、不二は菊丸に何気なく聞いてみたのだ。 「英二、もうさんとはキスしたの?」 「に"ゃっ!?」 さすがに菊丸もこのときは驚いて、ロッカーから取ろうとしていた制服を全て落としてしまった。 「したのかなーと思って。」 「まっ…まだしてない…けど…」 菊丸は落としてしまった服を拾いながら、不二に言葉を返す。 菊丸のあわてように、不二はくすくすと笑った。 「付き合ってからもうけっこうたってるし、そろそろしてもいいんじゃない?」 荷物をまとめながら、からかい半分で不二はそう言った。 「それじゃ、お先にー」 それだけ言うと、不二はロッカーを閉めて、いつもより楽しそうに笑いながら部室を去ったのだ。 不二は、特に重大な意味で言ったわけではなく、ちょっとした好奇心で言ったのだが、 菊丸は不二の言葉を受けて、“そうだよなぁ…”と一人で考え込んだ。 それで、先日あんな大胆(?)な行動に出たのだ。 「由美子姉さんならいろいろ知ってると思うから期待してて。」 「うんっ!」 チャイムが鳴って、バタバタと皆が授業の準備を始める。 「それじゃ、僕戻るね」 「おぅ!期待してるからにゃーv」 「クスクス。それじゃあね。」 それからしばらくたった。 あれから菊丸は不二を通して不二の姉―――由美子にいろいろと訊いたり、 さりげなく自分の姉にいろいろと尋ねたりして荒れたくちびるを治す努力をしていた。 「なー。もういいじゃん!俺、大分良くなったと思うんだけどっ!」 「まだだめ。不合格っ」 「えー。」 学校帰り、そんな会話が繰り広げられる。 の理想は意外と高いらしく、なかなか許しが出ない。 だんだんと日も短くなり、部活帰りはもう真っ暗だ。 それをいいことに、菊丸はぎゅうっとに抱きついて甘える。 「もぅ。そうやって甘えてもダーメ。」 「ケチ。」 むす、と菊丸は脹れる。 「俺運動部だからなかなか治んにゃいよー」 「まぁ…そうかもしれないけど、絶対治るって!ね、だから―――」 「は俺のこと嫌いなの?」 くりくりとした大きな瞳をうるうるさせて、菊丸はを見つめる。 がこれに弱いことを知っての、少しの意地悪。 「嫌いじゃないよ!」 「好き?」 「う…うん…好き。」 言葉で確かめられて、は照れながらそう答えた。 そんなこんなで、会話をしているうちに、2人は菊丸の家の前まで来ていた。 「よし、もう着いちゃったし!また明日、ね?」 「えー」 の言葉に、菊丸は不満を吐き出すようにそう言う。 家の中に入ろうとせず、の腕をつかんだまま、放そうとしなかった。 「…菊ちゃん?ほら、腕放すっ」 「やーだ」 「やだじゃなくて。暗いし、寒いじゃんっ」 「…やっぱりは俺のこと嫌いなんだ」 「それは違うっ!ちゃんと好きだよ」 「じゃあ、キス」 「それとこれは別モノっ!」 言い争いをしているけれど、これもいつものことで。(内容は別として。) 「俺、と違って外にいる割合高いんだよ?なかなか治んにゃいよ…」 しゅんとして、菊丸はそう言う。 猫のように、耳と尻尾があったなら、きっとへにゃっとなっているだろう。 「…もう…仕方ないなぁ…」 はポケットから自分のリップクリームを取り出すと、少し多めにくちびるにそれを走らせた。 「?」 きょとんとして見つめる菊丸。 「んーと…ちょっとしゃがんで?」 「?うん」 の言葉に、菊丸は少しかがみこむ。 ちゅ、と軽く菊丸ののくちびるが触れ合った。 突然のことに、菊丸は驚いてを見つめる。 「…っこれはっ!これはキスじゃないんからね!塗ってあげただけだからっ」 耳まで真っ赤になっているだろうなぁ、とそう思いつつはそう言った。 「へへっ、さんきゅ!」 一気に機嫌の良くなる菊丸。 上機嫌で家のドアの前まで行くと、くるんと振り返った。 「また塗ってにゃーv」 「ゼッタイやだっ」 「あはは。じゃ、また明日!」 そういって菊丸は本当に機嫌よく家の中へ入っていった。 「決意が緩いなぁ…私。」 はひとりそう呟いて苦笑した。 それでも、なんだか私達らしいかなと思いながら、菊丸の家のすぐ隣の自分の家の扉をくぐるのだった。 後日… 「ー、この前のあれさー」 「なに?もうやってあげないよ?」 「あれ、姉ちゃん達に見られててさー。からかわれちった」 「…へ?」 「だから、姉ちゃん達に――――」 「いい!言わなくていい!聞こえてたし!!…………………うそでしょーっっっ!!!!!」 菊丸のくちびるが治っても、はしばらくキスしてくれなかったんだそうな。 |