放課後の教室。
差し込む夕日に照らされる。
人がふたり。教師と生徒。
勉強にあきたのか生徒の方が突然、言った。







曖昧な特別を、ずっと







「あたし、教師って嫌い」



唐突なの発言に、彼女に勉強を教えていた桔梗は何か悪いことをしただろうかと思いながらも表には出さず、
いつものようにやんわりとどうしてですか、と訊ねた。
彼女は机の上に組んだ腕を枕のようにして頭を預けると、続けた。



「いつも偉そうで、口ばっかりで、生徒の気持ちなんか考えなくて、保護者の前だけへこへこして。」



なるほど、と桔梗は思う。確かにそんな輩も居る。
純粋な気持ちで教師を目指したであろうはずなのに、いつのまにか人の上に立つという快楽に溺れていく輩。
きっとはそんな教師にしか出会わなかったのだろう。



「でもね、」



は顔を桔梗の方に向けた。瞳と瞳が交差する。



「桔梗先生のことは好き。大好き。先生としても、…ひとりの男の人としても。」



まだ幼い瞳。けれど、その瞳と言葉は間違いなく本物だった。
桔梗は一瞬驚いて、しかしすぐにいつものように、いや、いつも以上にやわらかく微笑んだ。



「教え子に教師は嫌いだなんて言われたのは初めてですよ」

「そりゃ、言えないでしょ。普通は。」



本人を目の前に、悪口を言うことは避けたいと思うのが普通だとは笑った。



「どうして私には教えてくれたんですか?教師が嫌いだと。」

「桔梗先生のことが好きだから」



あたしのヤなとこも全部知って、それでもあたしとこうして一緒に居てくれるならその方が嬉しいじゃん。
と、は笑う。
そんなに、桔梗のやわらかい笑みに少し陰ができた。



さんは、私の嫌なとこを知ったら離れていってしまうかもしれません」



ロゴスのことも、家のことも。本当の自分を出してしまったら、彼女は…

黙り込んでしまった桔梗を見て、は口を開いた。



「そんなのわかんないよ、先生。人の心なんて脆いんだから」



でも、とは続ける。



「桔梗先生はあたしの特別だから桔梗先生があたしを突き放さない限り、あたしはずーっと先生が好きよ」



だから先生、あたしを離さないで。

まだ幼い少女の瞳は、そう言うように桔梗を見つめた。桔梗は一瞬だけ驚いたような顔をして、また微笑んだ。



「…ふふ、それじゃあさんはずっと私を好きでいるようになりますね」



突き放すつもりは、無い。



「あたし、しつこいよ?」

「知ってますよ」

「あ、それちょっとヒドい」



はそう言ってわざとらしく泣き真似をする。



「私もしつこいですから、覚悟してください?」

「はーい、先生」



お互いが特別。多分、ずっとこれからも。
そんな曖昧な未来を信じながら、ふたりは夕日の差す教室で笑った。