あなたの声が聞きたい






a sweet ring






久々に映画を観た。映画といっても、テレビで放送されたものを観たのだけど。
その映画は、少し前のラブロマンス映画。
なんだかお決まりな感じだったけれど、すごく切なくて。

夕ご飯を食べながら観ていた私は、いつの間にか夢中になっていて。
観始める前は、片付けながら流し観をしようと思っていたけれど、それもできずに。
私はテーブルの上の空になった食器を台所まで運んで洗い始めた。

洗っている間もずっと映画の余韻に浸っていて。
なんだか、切なくて寂しいような、そんな気分になってきた。
どうやら、映画に影響されたらしい。
流されやすいというか何というか。私はお皿を洗いながら苦笑した。











洗い終わってからしばらくして。
私は携帯電話を片手に、ある画面を見つめていた。
アドレス帳の、ある人の所。
私は意を決して、通話ボタンを押した。



先生?」



受話器からあふれだした桔梗先生の声。



「どうしたんですか?」



やんわりとそう尋ねられて、私は口を開く。



「え…っと…」



私は何か言おうとして困ってしまった。
用があって電話をしたわけではない。
ただ、少しだけ…寂しくなってしまって。声が聞きたくなっただけ。
けれど、そう告げるのは恥ずかしすぎた。あまりに子供っぽすぎる。

桔梗先生は、それに気づいたのか、私が黙ってしまって困ったのか、受話器の向こうでクスクスと笑いだした。



「言いたくないのならいいんですよ、先生。」



笑いを含みながら桔梗先生はそう言う。



「…それに、私も電話しようと思ってましたから、丁度良かったです」

「えっ?」



桔梗先生の言葉が意外で。私はそう声をあげた。



「何かあったんですか?」



プリントにミスでもあったんだろうか。
私は少し不安になって、そう尋ねた。



「いいえ。」



桔梗先生は、きっぱりとそう答える。



「えっ?じゃあどうして…」



私に電話なんかしようとしたのだろう。



「なんの理由もないんです。ただ、声が聞きたいと思って。…それだけです。」



桔梗先生はそう答えた。
私が電話した理由と同じ。なんだかそれが妙に嬉しくて。



「…私も、同じ理由で電話したんです」



受話器の向こうの桔梗先生に告げる。
映画を観たこと。それに影響されて、なんだか寂しくなって電話したこと。
それから…本当は会いたいってことも。



「…クス、そんなに可愛らしいこと言わないでください。」



桔梗先生は、そう言って少し困ったように笑った。



「でも、嬉しいですよ、先生。先生からそう言もらえるなんて思ってもいませんでしたから」



桔梗先生にそう言われて、私は耳までかぁっと赤くなるのを感じた。







「さ、そろそろ時間も遅いですし寝ましょうか」

「あ、はい、そうですね…」



気付けば、時計はもうとっくに次の日を指していて。
私は受話器を耳にあてたまま、ベッドに横たわった。




―――――本当は、電話、切りたくないんだけど…仕方ない。






「じゃあ…おやすみなさい、桔梗先生」

「おやすみなさい」



桔梗先生の声は、私の中に甘く響いて。



「明日、また学校で」

「はい…」



結局、私は最後まで電話を切ることが出来ないまま。



「おやすみなさい…先生」



そう囁かれて、受話器を持ったまま、眠りについたのだった。