笑顔のあいつにはもう逢えない









あの雨の日に









コンコンコン。



丁度書類の整理が一段落した頃、部屋にノックの音が響いた。
ご丁寧に3回もノックするのはあいつくらいだ。





「入れ」

「失礼します。隊長、少し休憩にして、お茶でもどうですか?」





扉の向こうから顔を出したのはやっぱりあいつだ。







最近うちの隊所属になった、いつも笑顔なやわらかい、ほんわかとした雰囲気のやつだ。
その雰囲気と、気配り上手なところからか、密かにファンも増えているらしい。






「いつも悪いな。」

「いえ、隊長こそ、ご苦労様です。」





そう言って、はやんわりと微笑んだ。
は机の上に、茶と茶菓子を置くと、一礼して扉の方に向かった。




「失礼しました。」





そう言って、また軽く礼をして、なるべく音がたたないようにだろう、ゆっくりと扉を閉めた。





















それから何日か経って、俺とはたまに一緒に茶を飲むようになった。
特に何の話をするわけではないけれど、やんわりとした、あの雰囲気は心地よくて。
仕事の合間の休憩には、丁度良い空気だった。

いつしか、この時間は当たり前になっていて。






は、ほぼ毎日、俺の仕事が一段落した頃にやって来た。
手には茶菓子と二人分の茶を持って。


























その日もはいつものように隊長室にやって来た。
いつもの時間。部屋の中は、やんわりとした空気で満ちていた。






しかし、その雰囲気は突如打ち砕かれた。







「失礼します!隊長!出動命令です!」

「ちっ…仕方ねぇな。わかった、すぐに向かう。」





俺は立ち上がり、氷輪丸を身につけた。





、行くぞ」

「はい、わかってます。」





やんわりとした雰囲気はいつのまにか消えていた。























「…!!」





着いてみると、その虚の数は1匹や2匹ではなかった。どれだけ居るのか解らない。
それでも、先に到着していた隊員達の手によって、大分減らされたらしい。























「やっと片付きましたね。」





松本が報告も兼ねて俺のところへ来た。





「ああ、そうだな。」

「負傷者6名ですが、皆命に別状はないとのことです。」

「そうか。」





そういえば、はどうしたのだろう。まだあいつは学校を出たばかりの奴なのに。











ザアァァァ―――…











「…降ってきましたね。」

「ああ。」





先に帰ったのだろうか。

気がつくと、そんな事ばかり考えている。どうしたっていうんだ、俺は。







「隊長〜!」





ぱしゃ、ぱしゃと音を立てながら、が走ってきた。





「降ってきましたねー。」

「そうだな、急ぐか?」





いつのまにか松本は先に帰ったらしい。





「そうですね。帰ったらお茶の続き―――――隊長!」























鈍い音がした。それからすぐに足元が紅く染まった。
一瞬の事だった。何がどうなったのかわからなかった。





「邪魔が入ったなァ…ワシが喰いたかったのはお前だったのにのォ」






ドサッ…






の体が地面に叩きつけられた。
腹部には、この虚の尖った腕が刺さっていたのであろう、穴があいている。
雨と一緒に血が流れている。血は、止まりそうに無かった。







どうやら、この虚は気配が消せるらしい。
俺の不注意もあったのだろうけれど。





「この娘が殺されて悲しいか?ヒヒッ…すぐに同じように―――」






ドスッ






「黙ってろ。」




俺の斬魄刀で、その虚は半分に割れて、消えた。









自分でも驚くほど、俺は冷静だった。










が死んだ。

俺の不注意で。俺が気付いていれば、こんなことにはならなかった筈なのに。





…」




そっと、を抱き締めた。冷たいのは、雨のせいだけではないだろう。





「帰ったらまた一緒に茶ァ飲むっつったじゃねーか…」









抱き締めた。
ただ抱き締めた。





















もう何も答えてはくれないけれど。

























「莫迦だな、俺は…」























―――今頃気付いても仕方がないじゃないか。
















雨はしばらくやみそうに無い。