「現世へ…ですか?」


突然告げられた指令。それは、現世の見回り、だった。


「入隊したばかりだし、早くこの仕事にも慣れてもらわなくてはいけないからね。
何かあったらすぐに知らせなさい。十分気をつけて行っておいで。」








振り向けば、そこに








現世の夜はとても穏やかに流れていた。時折風が吹いて、木々を揺らして去っていく。
満月は、地上のもの全てを包み込むように優しい光を放っていた。
何も起こりそうにない。現世はこのまま穏やかな朝を迎えるだろう。


一通り見回りを済ませた日番谷は、戻ろうと、足を進めた。






ちょうど、その時だった。強い霊圧を日番谷は感じ取ったのだ。
しかし、その霊圧は尸魂界で感じるようなピリピリとしたものではなく、
その日の夜のように穏やかで、優しいものだった。
日番谷がその霊圧の方向へ目を向けると、そこには、一人の少女が居た。



少女は、三階の病院の窓から、空を眺めていた。
しかし、空を見ていたかと思うと、日番谷の方を向いた。



目と目が、合った。



目が合うことなんて、普通はありえない。日番谷は死神で、少女は人間で。
しかし、少女は日番谷のほうを向いて、綺麗に微笑んだのだ。見えるはずのない“死神”に。



「…お前、俺が見えるのか?」

「え?」



日番谷の問いに、少女は何を言っているのかわからないとでもいうような表情で、
ぱちぱちと2、3回まばたきをした。



「俺は、」



少女の瞳から、日番谷の姿が消えた。かと思うと、すぐ目の前の窓枠に腰掛けている。
少女は、何が起こったのか理解できていないらしく、ただただ日番谷を見つめた。
さっきまで吹いていた風より、少し強い風が吹いて、病室のカーテンが揺れた。



「…死神、だ。」

「死神…?」



少女は不思議なものを見るように(いや、実際不思議なものなのだろうけれど)日番谷を見つめていた。
しかし、すぐに微笑んで、初対面の人間に話しかけるように、日番谷に話しかけた。



「こんばんは、死神さん。お名前、なんていうんですか?」



鈴の転がるような声で、少女はそう言った。
通常なら、もっと驚くだろう。
日番谷が死神の見える人間にあったのは今日が初めてだが、
こんなにもあっさりと流されてしまうとは思ってもいなかった。
日番谷が驚いて固まっていると、少女は怪訝そうに日番谷の顔を覗き込んだ。
そんな少女に、日番谷は言った。



「驚かねぇのな、お前。」

「え?」



少女は“何が?”というふうに、ぱちぱちとまばたきをした。



「いや…いきなり“死神”とかいう奴が現れたんだぜ?普通ならもっと驚くだろ。」

「ああ…私よく見るんです。いろんなモノ。」



死神さんを見るのは初めてですけど、と、付け加えて、少女は綺麗に微笑んだ。



「それで、死神さん、お名前は?」

「…日番谷冬獅郎だ。…お前は?」

「私はです。」



少女――――は嬉しそうに微笑んだ。



それもそうだろう。は、幼い頃からほとんどを病院で過ごしていた。
自分と近い年齢の少年と話すのは、とても久々で、新鮮なものだったのだろう。
たとえ、それが人間でなくても。










「…じゃあ、俺そろそろ行くから。」

「あ…はい…。」



日番谷は、窓枠に足をかけた。
月は相変わらず空に輝いている。
けれど、もうしばらくすれば明るくなり、町も動き出すだろう。



「あの…っ!」

「…何だ?」



日番谷が振り向いたときに目に入ってきたのは、泣きそうなほど悲しそうな表情をしただった。


「また…会えますよね…?」

「…ああ。」


“人間”と“死神”の生きる場所は違う。
だから、きっともう会えないだろう。
けれど、もう少しだけでも、この穏やかなところに居たい、と日番谷は思った。





最後に言葉を交わしたときのの表情は、ちょうど今日出逢ったときのような綺麗な笑顔だった。