ちゃん、何かおもしろいものでもあるの?このところ毎日外見てるけど。」


検査をしに入ってきた看護師は、検査用の器具を準備しながらにそう話しかけた。


「…たまに幸せがおりてくるんです。」


は外を見ながら、そう答えた。


「幸せ?」


看護師は不思議そうにそう言った。


「秘密、です。」


は振り向いて、いたずらっぽく笑いながら、言った。









振り向けば、そこに









2人が出逢ったあの夜から1週間。現世も尸魂界も何事もなく、落ち着いていた。
毎日、朝が来て、昼が過ぎ、夜が来て。また朝が来て。繰り返しの日々が、またやってきた。


は、出逢ったあの日から、毎日外を眺めていた。
あの日のように、また来てくれるんじゃないかと、少しの期待をして。


けれど、再び会うこともなく、時間だけが過ぎている。
は、澄み切った青空を見上げた。

それから、すぐのこと。



「なに…!?」



ドン、という何か大きな音がして、建物が揺れた。





















「失礼します!!隊長、出動要請です!場所は―――」



隊長室に1人の隊員が駆け込んできた。虚が出たらしい。
たまたま隊長室に居た日番谷は、その隊員が告げた場所を聞き、凍りついた。




(“あいつ”が居る場所じゃねーか…ッ!)




日番谷は、何も言わず走り出した。隊長が驚いて日番谷の名前を呼んでも、もう彼には聞こえていなかった。





















「なに…これ…っ!?」

「お前、ワシが見えるのか…」



散らかった病室。
カーテンは割れて、は1人、ベッドの上で怯えていた。
の前には、見たことのない大きな何かが居た。



「やだ…っ!来ないで…!!」



その大きな何かは、じりじりとのほうへ寄ってくる。
もともと狭い病室。はすぐに追い詰められてしまった。
恐怖で、体ががたがたとふるえた。
ただでさえ、壊れてしまいそうな心臓が、うるさいくらいに騒ぎ立てている。



「ヒヒ、そろそろ喰うとするかねぇ…」



巨大な“何か”は、触手のようなものでを縛り上げ、宙へ浮かばせた。
キリキリと、触手が締まる。



「…っ…く…」



息が、できない。

苦しくて、意識を手放しそうになったとき、目の前を影が横切った。
かと思うと、触手が緩んで、誰かに抱き支えられていた。














「大丈夫か!?」

「ひ…つがや…さん…。」



は浅い呼吸を繰り返しながらも、力なく頷いた。
日番谷はそれを見て、ほっとして、小さな声でよかった、と呟いた。



「おーお、死神サン?ヒヒ、今日は旨そうな奴ばかりでうれしいねぇ…」



巨大な“何か”は、そう言って嬉しそうに目を細めた。



「日番谷さん…あれ…なに…?」



日番谷に支えられたまま、はそう尋ねた。
まだ、恐怖でがたがた震えていた。



「あれは“虚”っつー奴だ。高い霊力を持つやつを狙う。だから…」

「ごちゃごちゃ話してないで…喰わせろ!!」



言うのが早いか、動くのが早いか。
その虚は2人に襲いかかってきた。
日番谷は、虚の伸びた触手を切り払うと、少し離れたところにを連れて行った。



「ここに居ろよ。」

「日番谷さん…」

「俺なら大丈夫だから。」



日番tには、をそこに残し、すぐに虚のところへ戻った。
追ってきた虚を、に近づけさせるわけには行かない。



(それにしても、隊長やほかの隊員がこねぇのはなんでだ…?)



襲ってくる虚の攻撃を受け流しながら、ふと日番谷はそう思った。
そのとき、一瞬気が緩んだのであろう。攻撃を半まともにくらってしまった。
幸い、動けなくなるほどではなかったが。



「お前、どうして仲間が来ないのかと考えたのだろう?」

「な…っ」



つ…と、さっき受けた攻撃の傷口から、血が流れた。
どうやら、攻撃を受けてしまうと考えていることがわかってしまうらしい。



「お前の仲間なんて、今頃ワシの仲間の餌食になってるだろうよ。」

「ちっ…つまりお前は俺が片付けねぇといけねぇってことだろ」

「ハッ、言ってくれるな、小僧!!」



虚が襲いかかってくるのと同時に、日番谷も相手に切りかかった。





















ポタ、ポタ、と一滴、二滴と血が床に落ちた。
同時に、虚が地に崩れ落ちた。
そして、ふ…と消えていった。



「ちっ…切られちまった…。」



日番谷は、切れた頬から流れる血を拭った。
拭っても、しばらくはとまらないだろうけれど。



全て終わった。
あとはを迎えに行けばいい。
日番谷は、急いでのところへと向かった。















「…ッ!…っ!!」



日番谷が着くと、はそこに倒れていた。
日番谷は、を抱き上げた。



「おいッ!!大丈夫か!?」



そう声をかける。
は苦しそうな呼吸を繰り返していた。


日番谷は、をつれて、急いで病室へ戻った。
今の自分にしてやれることは何もない。
自分には、何も。だから…





病室に着くと、日番谷はをベッドに寝かせた。
病室は虚が来たすぐあとだったため、散らかっていた。
しかしそれにかまっている暇はない。


ナースコールを押す。
今の日番谷にしてやれることはそれしかなかった。
死んで欲しくない、生きていて欲しいと、思ってしまったから。

そうして、窓から立ち去ろうとした。



「ひつが…や、さ…」

っ!?」



立ち去ろうとしたそのとき、が日番谷の名前を呼んだ。



「また…会え、ますか…?」



苦しそうに、寂しそうに。
苦しいのか、寂しいのか、瞳にうっすらと涙を浮かべて。



「ああ、きっと会える。」



そう言うと、はうっすらと微笑んだ。
日番谷は、その場を去った。
本当はついていてやりたい。けれど。
死に近づくものを、死から遠ざけることはできない。自分は、死に導くことしかできない。


























「…長、隊長。日番谷隊長ってば。」

「…え?…ああ、松本か…。」



書類を片付けている間に、いつのまにか寝てしまったらしい。








あんなに昔の夢を見るなんて。






「お疲れのところ申し訳ありませんが、新人が来ていますよ。」

「あ?…ああ、そういえば来るってたな。通せ。」



日番谷がそう言うと、乱菊は、はい、と軽く返事をして出て行った。
新人を迎えに行ったのだろう。



(あんな夢を見た後に、新人が来るなんてな…)



日番谷は、椅子にもたれかかったまま、くる、と後ろを向いて、天井を見上げた。
そういえば、今あいつはどうしているのだろうか。




















コンコン、と戸をたたく音がした。多分新人だろう。



「入れ。」



後ろを向いたまま、日番谷はそう言った。



「失礼します。」



戸が開いて、人が入ってきた。
鈴の転がるような、透き通った、可愛らしい声。
聞いたことがある気がした。



「これから、この隊でお世話になります。日番谷隊長。」























「…………お久しぶりです、日番谷さん。」

「…え?」



挨拶に付け足された、もう一つの挨拶。
日番谷はゆっくりと振り返った。






















「また…逢えましたね。」



























―――振り向けば、そこに。