たまには嘘もいい 「冬獅郎ー」 扉の開く音と同時に、聴き慣れた声が部屋に響いた。 書類に向けていた顔を上げると、さっきお先に失礼します、と帰ったはずの彼女が立っていた。 「んだよ、帰ったんじゃなかったのか?」 「帰ろうと思ったんだけど、ほら」 彼女が指をさした先を見る。 「雨か」 そこは窓で、外では雨が降り注いでいた。 よく耳を澄ましてみれば、ざあざあと音まで聴こえてくる。 「私は置き傘してあるからいいんだけど、冬獅郎持ってないかなって思って」 彼女はそう良いながら、ソファーに腰掛けた。 「持ってるなら帰るけど、ある?」 「いや、持ってねぇ。さんきゅ、すぐ終わらせるから」 そう答えて、早く仕事を終わらせようとまた書類に向かう。 本当は傘、持ってたけれど。 たまには一緒に帰るために嘘を吐いたっていいと思った。 |