眠りにつく前に
とっておきの魔法を






おやすみなさいの魔法






カタカタカタ…


部屋にパソコンのキーボードを打つ音が響く。
ベッドの上には、私と菫くん。
私は、ベッドの上で、サイドテーブルの明かりだけをつけて仕事を続けていた。



「菫くん、もうしばらくかかりそうだから先に寝てていいよ?」



眠そうな菫くんに、私は手を止めてそう言った。



「先生が寝るまで、寝ない。」



眠いはずなのに菫くんはそう答える。
そんな菫くんが可愛らしくて、私はそっと菫くんの頭を撫でた。



「…馬鹿、子供扱いするな。…いいから早く終わらせろ。」

「はいはい」



拗ねたようにそっぽを向く菫くんはやっぱり可愛らしく感じられて、私は自然と笑みを零していた。


部屋に、またキーボードを打つ音が響き始める。
しかし、その音はすぐに止み、少ししてから小さくパソコンを閉じる音がした。



「終わったのか?」



その音に気づいたらしく、菫くんは私の方を見て、そう訊いてきた。



「ううん」



私は、そう答えながら、布団に入り、ライトを消した。
唯一の明かりが消え、部屋は暗闇に包まれる。



「いいのか?」

「うん、急ぎでもないから明日でもいいかなって。」



それに、菫くんをこれ以上待たせるのも悪いし、と言おうとして、やめた。
きっと、いいから終わらせろって言われるだろうから。



「そうか。」



幸い、菫くんはそれ以上何も言わなかった。



だんだんと、暗さに目が慣れてきた。
カーテンの隙間から月明かりが覗く。
ふと、菫くんと目が合った。すぐに背けられたけれど。



「眠れない?」

「別に…」



菫くんはそう言って目を伏せた。



しばらくして、菫くんはぽつり、ぽつりと話し始めた。



「…俺さ、」

「うん」



ちゃんと聴いてるよ、という代わりに、私は相槌を打つ。



「…夜が、怖いんだ。朝起きて…また全部忘れてたらって」



泣き出してしまいそうなくらい、弱々しい声。
いつのまにか繋がれた手を、私はしっかりと繋ぎなおした。



「…でも、先生が居てくれたら…先生の“おやすみ”って言葉を聴いたら、なんだか安心するんだ」



ただの寝る前の挨拶なんかじゃなくて、
先生の言葉は魔法のようなんだと、菫くんは途切れ途切れに教えてくれた。

私は、菫くんをそっと抱きしめた。



「なっ…っ」

「ありがとう、菫くん。」



菫くんのコトバ、ひとつひとつが嬉しかった。
少しでも、彼を支えてあげられているのかもと、感じることができたから。



「べ…別にお前に礼を言われることはしてないだろ」

「いいの、言いたくなったんだから」



私も菫くんに支えられているから。
言ったって、おかしくないよね?






「…菫くんなら、大丈夫だよ」

「…?」


暗闇だって、きっと、平気になれる。

それまで、私は彼を傍で支え続けましょう。




「…ううん、なんでもないよ」



私はそう言って微笑んだ。



「寝よっか」
「ああ」







「おやすみなさい、菫くん」







あなたに、おやすみなさいの魔法をかけて。