就寝前の飲み物を右京がの元へ運んで、がそれを受け取って空になったカップを右京に返して静かに眠りにつく。それはいつものことで、がこの屋敷にやってきてから毎日続くことだった。
 今日もいつものようには右京から手渡された飲み物を受け取り、空になったカップを右京が受け取って、お休みの挨拶をして一日が終わるはずだった。

 が右京にカップを手渡す。はうつむいたまま口を開いた。

「……ねえ右京」
「はい、お嬢様」
「……どうして私はお嬢様で右京は執事なのかしら」

 突然のの発言に右京は黙り込んでしまった。それもそうだろう。そんなこといきなり言われたら誰だって返答に困る。は顔を上げて右京の方を見た。

「右京、ここまで来て私の目線までしゃがみなさい」
「はい」

 右京はの言ったとおりにベッドのすぐ傍まで来ると、の目線と同じくらいまでしゃがみこんだ。は近づいた右京の頬を両手で挟みこむと、そのまま口付けた。

「おっ…お嬢様…っ!?」
「おとなしくして。……命令、よ」

 くちびるとくちびるが触れ合うか触れ合わないかの位置でが告げる。右京は何か言おうとしていた口を噤んだ。
 命令と言われてしまえば右京は動くことができないということを今日までの生活ではよく知っていた。右京にとってお嬢様は絶対なのだ。

 思い切った行動をしたはいいものの深く口づけることなんてできず、は啄ばむような触れ合うだけのキスを何度も落とした。




「……ごめんなさい」

 何度目かのキスのあとは右京の頬から両手を離して右京に背を向けてベッドに潜り込んでそう言った。右京は何も言わずに立ち上がる。はそのまま続けた。

「明日の朝は右京じゃなくてもいい、から」

 きっとこんなことをしてしまったあと、彼は私に会いづらいだろうと思ったはそう告げた。
 いつもに朝を告げてくれるのは右京と、右京が運んでくる朝の飲み物。最初は戸惑っていたもいつのまにかそれを楽しみにしていた。いつのまにか、右京が来てくれることがとても嬉しかったのだ。(もちろんそれは彼の仕事であるからということはわかってはいたが)

 右京は何か言いたそうにしながらも何も言わず、黙ったままの背中を見つめて佇んでいた。

「おやすみなさい」

 右京に背を向けたまま全ての話を終わらせるようにがいつもの就寝前の挨拶をする。右京は一歩下がっていつものように丁寧なお辞儀をした。

「……おやすみなさいませ」

 静かな部屋にパタン、と扉の閉まる音が響いた。



 どうして、どうして私はお嬢様で、右京は執事なの。もっと違う出逢い方をしていたら、きっとこんなにつらい思いをしなくてすんだはずなのに。
 好きでいることがこんなにつらいなら、いっそのこと出逢わなければよかったのに。


 の目からは涙が溢れ、止まることなく静かに頬を流れ落ちていた。